2004年10月14日

メイド喫茶改訂版2

コスプレ。それは多少耳にしたことがあるものの、まだまだ馴染みのない言葉である。その言葉に帯びたイメージは、なんとなく、いやらしい。オタクっぽい・・・といったものではないだろうか。
 2002年8月13日(火)、TBSニュースの森で「コミケに熱狂48万人」と題された特集が放送された。35度にもなる会場に3日間で48万人が集まったのである。そして今年2004年も例外ではなく、全国各地でコミックマーケットやコスプレイベントが開催され、あまりの参加者の多さに会場を急遽増設するところもみられた。
またコミケでされる以外のコスプレ。例えばスッチ−、ナース、女子高生などのコスプレも存在する。風俗業界は不景気の中、いまだに巨大市場を持つ。コスプレしゃぶしゃぶ・焼肉なども年々増加している。更には、ラブホテルやプリクラを置くゲームセンターでは、制服が必須アイテムとなりつつある。
今、コスプレをする人たちは年々増え続け、その数は何万人というものである。この現象を、マイナーな目で見ていくことはもはや限界かもしれない。何万人もの人々を魅了するコスプレとは、一体なんなのか。そしてコスプレを通じてなにが見えてくるのか・・。
その答えを見つけるべく、私たちは出かけた。

   「勘違いが腹が立つ」
日本橋。最近は東京系列の大型家電量販店が都心に進出してきたせいか、電器の町としての活気はあまり感じられない。数年前に倒産した大型百貨店のビルが、その一等地にそびえたっており、シャッターの目立つ商店街に夕闇が訪れた。電気街をまたぐ国道1号線沿いに少し場違いな、風俗店を思わせる派手なネオンの立て看板が出ている。路地を入った先にその店はあった。
煌煌とした店内。コスプレ焼肉というネーミングからは想像できない予想以上の明るさに多少拍子抜けしつつ、店内に入ると奥の席にはすでに一組先客がいた。
「いらっしゃいませ〜」と、店の奥からけだるそうに声がした。黒のミニのメイド服に編みタイツというセクシーないでたち。彼女が最初にテーブルについてくれた、医療介護の専門学校に通うリカさん(仮名)である。ぽろぽろと、彼女は色々なものをこぼしていく。野菜に油に、箸からするっと落としてしまう。その度に、はにかむ笑顔がかわいらしい。セクシーな格好に似合わず、彼女の雰囲気はどこかほのぼの、おっとりしている。どうして、彼女はコスプレ焼肉で働いているのだろうか。
「やっぱり、時給がいいからかなぁ。1300円は大きいでしょ。家からも近いし。でも、明日でこのバイト辞めるんですよ」そう答えた彼女は少し残念そうに俯いた。
「実は、このバイトやってるの彼氏にばれちゃったんですよー。それで別れちゃって、ヨリ戻したいからやめようと思って」なるほど。しかし、なぜ彼氏に黙っていたのだろうか。「そりゃあ言えないですよ〜。彼氏どころか親にも言えない!別にやましいことするわけじゃないけど、やっぱりこんな格好だしね」そう言いながら、彼女は改めて自分の着ている服を見回した。短いスカートからは太ももがほとんどのぞいている。今日はメイド服だけれど、毎回違うのを着るのだろうか。「ほんとはいつも制服着てるんですよ。でも今日は気分転換てゆうか、友達と交換したんです。でもいつも着る服は大体決まってて、そんなに色々着たりしない。お客さんの要望があったら着替えるけど」
あとからテーブルについたアヤさん(仮名)も、「そうそう。着るのはいつも露出が少なめのやつを選んでる。毎回変えるのとか面倒くさいしね」と、相槌を打った。しかし、コスプレ焼肉で働くということは、少なからず、客に性を提供することになるだろう。
 「たまに勘違いして触ってくる人とかいるけど、そういう人が一番腹たつ。あと、やたらじろじろ見てきたりとか。ほんとキモい」アヤさんは憤慨して机を叩いた。隣のリカさんも、うんうんとうなずいている。彼女たちはそう言いながらも、一番いやな客はと尋ねると「自分らだけで話をしてて、私に無関心な人。だって私いらんやん?ってなるし」
話を聞いていると彼女たちの言うことは、どこか矛盾している。“コスプレ焼肉”には、男性がいやらしさを含む性的なものを求めて来ているということを十分理解しつつも、性的な目で自分のことを見られるのは嫌がっているのだ。「お客さんが“コスプレをしている女の子”を見にくるのはわかってる。だから見るだけにしてほしい。携帯を聞いたり必要以上のことをされるのはうざい」といって二人揃って顔をしかめる。

   「いやらしいのは制服だけ」
 さらに、彼女達は男性客への不満を口にするとき、二言目にはいつも、「ここはキャバクラと違うんだから」という。どう違うのかと尋ねると、「キャバクラは女の子がそれこそ男の望むままに、演じたりしなきゃいけない。それに自分を売ってる感じがする」。
そう、彼女らにとってこの場所はあくまで焼肉屋なのである。
 つまり、彼女らにとってキャバクラは女性が”性”を売る空間。逆に”コスプレ焼肉”は、“コスプレ”が”性”を背負い、自分たち自身は“性”を売っていない空間なのである。やはり”性”を売ることはそんなに簡単なことではない。少なからず抵抗があるのだ。だからこそ”コスプレ”や“コスプレ焼肉"という空間によって、"性"の認識を変える。
 彼女たちは見た目こそメイドやポリス、女子高生であるものの中身は普通の18歳の女の子だ。あけっぴろげな話し方。豪快に笑い、ツッコミも入れる。そこにはいやらしさは見受けられない。むしろいやらしく見られないように努めているのかもしれない。「いやらしいのは制服だけ」そう言いたげだった。
 帰り際、リカさんが「また、来てねー」と違うテーブルから立って声をかけてきた。明日辞めるんじゃなかった?と聞くと、あそうだったと舌を出した。そう言って座り直すリカさんの短いスカートが妙に自然な気がした。



ほとんど変えてないけど、一応三箇所ほど付け加えたので載せました。“性”という言葉の問題だけど、そのまま“いやらしさ”という言葉に直したら、どうしてもしっくりこなくて違和感が残る。だから最初は思い切ってそのままでいくのも手やと思う。最初の“性”って言葉が出てくるとこに「いやらしさを含む」って付け加えてん。これであとから出てくる“性”って言葉も大体そういうニュアンスでとってもらえたらと思ってんけど・・。
posted by なおみ at 00:39| Comment(6) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

コミケ改訂版2

コミケに熱狂
まだ七月半ばだというのに、夏本番の強い日差し。照り返す太陽がまぶしい。目の前にはすでに一糸乱れぬ、長蛇の列が出来ている。ここは南大阪のじばしんイベントホールである。今日はここを会場としてコミケが開催されるのだ。私たちは戸惑いながらもその後に続く。まわりを見渡すと、ビジュアル系の集団やTシャツにGパンというごく普通の格好の人もいてそのいでたちは様々である。しかしどこかしら似たような雰囲気が漂う。手には大きい荷物とそれぞれパンフレットを持ち、10時に開くはずのドアを今か今かと見つめている。
 10時きっかりにドアが開いた。その瞬間、周りの女の子たちがいっせいに駆け出す。何が起こったのか一瞬わからず、そして慌てて後に続いた。入り口のトイレはまたまた長蛇の列。男子トイレはそれほどではないものの、女子トイレは凄まじいことになっている。中を覗くと、みんな必死で作業にとりかかっている。大きな手荷物からなにやら取り出し、着替える者。メイクを念入りに始める者・・・。そう、彼らは皆コスプレイヤーだ。コミケのイベントではあるものの、コスプレをメインにして来る者も少なくないのである。
会場の中に入ると、コミケらしくすでに同人誌の販売やアニメのキャラクターの手作りグッズなどが通路の両側で所狭しと販売されている。そうこうしている間に、会場はあっという間に人がいっぱいになった。いつの間にか、レイヤーたちがどんどん増えてきている。今回は、主にジャンプのアニメがメインらしく、レイヤーには「テニスの王子様」、「鋼の錬金術師」、「NARUTO」のコスプレが多い。しかし、それ以外にも色々いる。ハリーポッターコスプレの「ポッタリアン」や、天使に、ガンダムなどである。

数時間の別世界
 その中で、ひときわ目立っている女の子が目に止まった。一見、モデルと見間違うくらいの細くて長い足が鮮やかな水色のミニスカートから伸びている。上に羽織った長いオレンジのひらひら上着が、スレンダーな体型を強調している。彼女のまわりには、不思議な雰囲気が漂っていた。
彼女はとても知り合いが多く、歩くたびに声をかけたり、かけられたりしている。これが本城貴嶺さん(仮名)の第一印象である。彼女は若干18歳。その年齢には似つかわしくない、大人びた顔と、はきはきした喋り方。なぜ、彼女はコスプレをするのだろうか。
「家がコスプレ用の服を作っているっていう影響もあるけど、やっぱり自分の趣味かな。ちなみに今日のコンセプトはガンダムのラクスなんです」。彼女の家は、「えんじぇる★も〜ど」というコスプレ制作のお店を出していて、主に通販で売り出しているという。彼女が堂々と会場内を闊歩するわけは、その着ている商品の宣伝のためでもある。
 しかし彼女がコスプレをするのは、宣伝だけのためではない。「やっぱりコスプレをやるのには、違う自分になれるっていう楽しみがあります。毎回キャラクターを変えるたびに、衣裳も変わるし、新しい自分になれる感があって…」。それは今の自分に満足していないということなのだろうか。常に求める違う自分や新しい自分。その裏側には、現代社会への不満や、自己に対する不満があるのでは?
「そんな大袈裟なもんじゃないですよ。ただ楽しいじゃないですか。その数時間だけは現実とは違う世界にいて、いろんなキャラクターの人と喋って盛り上がるのって。それが終われば衣裳も脱いでまたいつもの自分に戻るんですけどね」カラカラと笑いながら、喋るその様子は、どこかさっぱりしていて割り切っている感じがした。
 それにしても会場には女性が多い。8割以上は女性である。いわゆるカメコという存在はほとんど見当たらない。コミケには、コスプレ焼肉やメイド喫茶のような、男性の視線はない。その理由を尋ねると、「そういう風に見る人は嫌がられるんですよ。いやらしい目で見られるのがいや。ナンパならよそでやれって感じです。みんな女として褒められるより、衣装とかキャラを褒められる方が嬉しいんですよ」と言う。たまに見る、露出の多いコスプレは?「なりたいキャラクターが偶然露出が多いだけですよ。男性が多そうな会場では着ないようにしています」。

素の自分じゃおもしろくない
 それにしても彼女は、うまく“自分”というものと“コスプレイヤーとしての自分”を使い分けている。例えば彼女の名前、これはもちろん本名ではない。コスプレイヤーならほぼ全員が持っている、この世界での“コスネーム”なのだという。本城貴嶺として、そのキャラクターになりきることで匿名の世界でめいっぱい楽しむのだ。ただコスプレをするのではなく、そのキャラクターになりきることはそんなに重要なことなのだろうか。
「うーん、重要というか・・せっかく何かのキャラクターの衣裳を着るのに素の自分じゃおかしいし、つまんないでしょ。でも会場内でずっとそのキャラを維持するの、なかなか難しいからみんな一番なりきるのって、やっぱり撮影のときじゃないですかね」。
この一言で、会場内で見かけたさまざまな風景に対する違和感が一気に解消された気がした。そう、コスプレイヤーの人々の多くは“撮影”を目的として足を運んでいる。あちこちで見られるフラッシュの嵐。そんなとき、撮られる側のレイヤーたちを見てみると、決まってなにかのポーズを作る。普通のピースはまずあり得ない。必ず自分がしているそのキャラクターを端的に表すことのできるポーズを作るのである。この貴嶺さんも例外ではない。何度か撮影に応じてくれたとき、決まって色々ポーズをつけてくれる。そこには照れなど生じない。カメラに撮られる瞬間、もう“自分”ではなく“本城貴嶺”としてそのキャラクターになっているからである。しかし、それは会場内だけに限られるという。会場の外でまで“コスプレ”をするのはルール違反。それはコスプレイヤーたちの間で暗黙の了解なのだという。

被るキャラクター
 更に会場内の、一人一人を観察すると、ある面白いことに気が付いた。彼らには法則がある。それは仲間を通じて、その作品を完成させようとすることである。その中で彼らにはキャラクターの設定があり、それぞれがキャラクターになりきり、作品を楽しむ。しかし、当然ながら人気のあるキャラクターなら必然的に他の人と被ることもあるだろう。
 「確かに、レアキャラとかじゃない限り、メジャーなアニメはキャラが被りがちですよね。だからみんな最近アレンジするんです。ただし、あくまでもそのキャラの特徴とかは変えないんです。微妙に色を変えたり模様を変えたり。自分のオリジナルでそのキャラを表現するんですよ」。
このアレンジというものには、少なからず、現代社会に充満する「個性主義」を感じてしまう。人と同じでは嫌。自分オリジナルを求める傾向である。もちろんレイヤーの全ての人がそうではない。しかし本来キャラになりきるはずの没個性のコミケ社会にも、個性主義が侵入し始めているのかもしれない。

コスプレはどんどん広がる
最後に彼女に質問した。今後コスプレはどうなると思う?「今はまだコスプレは社会には反適合な感じがします。全体的に偏見の目とかあって認められてないっていうか。でも、これからどんどん広がると思います!もうすぐ社会に求められるんじゃないかな、コスプレが。そうなったとき、私たちを偏見の目で見てた社会を見返したいですね」にっこり笑って最後に彼女はこう言った。
 いわいるおたくのように「自分らの文化は一般人にわかるはずがない」というスタンスではない。社会に反適合と見られていると自覚するからこそ、「変な人たち」とみられないように、レイヤーはルールやマナーと言ったものを厳守する。コスプレが社会に求められる時代、果たしてそんな時代は来るのだろうか。いや、もう近くまできているのかもしれない。彼女の言葉はそう思わせられるほどに、妙な説得力を持っていた。



 最初の部分は言ってたとおり服装の描写を付け加えてみました。あと、奥本くんの論ぽいところをやわらかく言い換えてみたんだけどどうでしょう?やっぱり、このアレンジ=個人主義の侵入ってのは最後のまとめにもつながるし、肝心なとこやと思うねん。柳田くんのニュアンス的な文章も、レイヤーが個性を出してるというのは伝わってくるねんけど、「人とは違う。アレンジした自分らしいコスプレ。瞳を輝かせてそう語る、ひたむきな一人の少女の姿がそこにはあった。」からは、なんか「アレンジする楽しさ」みたいなのが全面的に伝わってきて、一番言いたい「近代社会にある個人主義の侵入の批判」みたいなのがあんまり伝わってこない。だからやっぱりやわらかくしてでもうちらの見解は書くべきではないかな?
posted by なおみ at 00:12| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年10月13日

メトロ大学改訂版2

 「メトロ大学開講」
8月某日、私たちは京都のとあるライブハウスに出かけた。今夜、ここで「コスプレ」についての講演会が開かれるという。このライブハウスは、毎月数回、カルチャースクールとして様々な分野の人々を講師として呼び、まるで大学のように講座を展開している。創立14周年を機に、文化創造と発信の“場”として始めたのだというが、とても斬新な試みである。
普段はライブハウスなのに、中は暗くてひっそりとしている。ドキドキしながら中に入ると、そこには小さな舞台を前にして椅子がずらっと並んでいた。その光景に多少圧倒されながらも、私たちは迷わず一番前の席を選んだ。すると店の奥のほうがなにやら奇妙な光景だった。コスプレの衣裳に身を包んだ人々が、まだ始まる前だというのに楽しげにアルコールをあおっている。メイドのような服に身を包んだ女の子と、なにかのキャラクターを意識したであろう男の戦闘服…。そしてよくわからないアニメのTシャツの男が二人。皆、一様に異様な雰囲気だったが、どうやら彼らが今夜の主催者であるらしい。そう、彼らこそ今夜の主役であり、そして私たちの講師なのである。
 「えー、では少々時間はずれ込みましたが、これよりメトロ大学“コスプレ講座”、始めていきたいと思います!まず、自己紹介から。私、コスプレ専門店の元店長のもりもりです。どうぞ、本日はよろしくお願いします!」最初に舞台の袖から飛び出してきたのは、小太りで明るいかんじの、俗にいう“今ふう”のオジサマ。アニメのキャラのTシャツさえ着ているものの、聞き取りやすいテンポのある喋りかたでオタク特有の粘っこさはない。「元コスプレ専門店の店長」という言葉と目の前の彼に多少ギャップを感じてしまう。次に、“今ふう”オジサマこともりもりに紹介されて出てきたのは先ほど異様な格好をしていた男である。すらっと背は高く、長めの髪に整った顔立ち。彼の名前はK´(Kダッシュ)。自称レイヤード・日本代表である。そして彼の衣裳は青のマントに白の縁取りの戦闘服。“鋼の錬金術師のイケメンキャラ”の衣裳だという。もりもりの店で買ったとのことで、その衣裳代五万円。その衣裳はキャラの特許をとったロゴ入りの本物の衣裳だそうで、その稀少性からそれくらいの金額はくだらないらしい。はっきり言ってこの手の衣裳は人気のアニメということもあり、似せて作ったものは安くていくらでもある。しかし、あくまで本物にこだわる。そのこだわりと惜しまないお金の使い方に、彼のコスプレに対する熱い思いが伝わってくる。
 
  「コスプレの始まり」
「みなさん、こんばんは。K´(Kダッシュ)です。まずはコスプレの歴史について話を進めていきたいと思います!」こう前置きして彼は黒板を使って、非常に興味深い話を始めた。まず、コスプレは二つの意味を持っていたこと。一つ目はおたく文化から派生した趣味、もう一つは社会風俗から派生した女性がするサービスのことである。今日話す内容は、明らかに前者である。まず、コスプレはいつくらいから始まったのか。
「日本には、“オタク”と呼ばれる人種が多いですよね。それは日本の文化においてアニメや漫画が海外に比べてかなり発達していたからなんです。日本では、アニメや漫画はどんどん多様化してきています。そういったこともあり、次第にアニメのキャラクターの格好をする人が出てきた。最初はやっぱり、アニメや漫画にはまってその中に出てくるキャラクターに対する憧れからやり始めるんですよ。僕もそうでした。コスプレイヤー同士がお互いに好きな漫画やアニメを共通の話題にすることで、交流が深まっていったんです」彼はここまで一気にまくし立てた。日本の文化に誇りを持っているのが伝わってくる。1994年頃からコスプレは繁栄期を迎える。そして、コスプレブームはあるモノの普及がきっかけでまた風向きが変わったという。
 「1995〜98年は、コスプレの商業化が始まって、消費概念が拡大していくんです。大体、このあたりから撮影重視のイベントとかが増加してきてコスプレイヤー同士の一体感がなくなってくるんですよね。それはなんでかというと、1998年頃からパソコンの普及が大きいんです。今までとは違ってパソコンの普及で、そのコスプレしてる写真を見て、単純に衣裳がかわいいからとかかっこいいからやるって人も増えてきた。いわゆるブームってやつです。まさにいろんな人がコスプレを気軽にやり始めたんですよ」
彼はそう言うと、ふんと鼻で笑った。その顔は興味本位でコスプレする奴は目障りだ、とでも言いたげだった。彼は言うまでもなく、何年もレイヤーをやり続けているのである。

  「コスプレ界変動〜共通の世界観の喪失〜」
このことからわかることがある。それはまさにレイヤー同士の共通の世界観の喪失ではないだろうか。一方は、自分がしているキャラクターのファンであり、もちろんその漫画のストーリーも完璧にわかる。しかし一方で、自分がしているキャラがなんのアニメかさえわからずに、ただその見た目に惹かれてコスプレをする…。彼らの中で達成感や仲間意識はもはや生まれないだろう。いうなれば、最初は一通りしかなかったレイヤーのカタチが分裂したともいうべきなのだろうか。そうなればK´さんのようにコスプレやキャラクターに思い入れがある人は、ますますオリジナルや知識に固執し始める。どうやらコスプレ界に変動が起きていたようだ。     
そして、さらにK´さんは重要なことを教えてくれた。「今、レイヤーのなかで主流となっているのがコスネームをつけることなんです。彼らはコスネームを作ることによって、『コスネームを持つ自分』と、さらに『キャラクターになりきる自分』という二重のロールプレイングをしていることになるんです」
コスネーム。この言葉で、コミケ会場でインタビューした本城貴嶺さんを思い出した。彼女もまた、“コスネーム”を持つレイヤーの一人だった。そして彼女はうまく“自分(本名:米林さん)”と“本城貴嶺としての自分”と“ガンダムのラクスになりきる本城貴嶺”を使い分けていた。それがまさに自分というものを持ちながらも二重のロールプレイングをするということなのだろう。
そして最後に、自称・レイヤード日本代表のK´さんはこう言った。
「レイヤードとは、『重なった状態』という意味で、私の造語です。ある個人が自らの意思により『コスネーム』と『キャラクター』に重なり、全く別の新しい存在になった状態の個体を指すのです。コスプレはまさに、キャラクターと、コスネームと、衣裳が合わさり『レイヤード』となる、三位一体の技なのです・・」メトロ大学は静かに幕を閉じた。

「コスプレを通じて得られるもの」
コスプレをすることは、まさに違う自分になりきることである。それは見た目(衣裳)だけでなく、思考(キャラクター)をも、変えていくこと。例えば、私たちが取材したコスプレ焼肉のリカさんやアヤさん、そしてメイド喫茶で働く店員は、まさにそれを実現していたのではないだろうか。メイド喫茶だと、衣裳や空間という手助けもあり、彼女達は違う自分になることを可能としていた。リカさんやアヤさんも同様である。“素の自分”ぽさを出しつつも、衣裳を着ることで「バイトだし」という思考の転換から、コスプレ焼肉を極力日常と離して考えている。コミケで取材した、本城貴嶺さんはどうだろうか。彼女も当初は“変身”という憧れからコスプレを始めたのではなかっただろうか。匿名の世界への憧れ。しかし、次第に他人と被るのがいやでアレンジをすることで個性を出し始めた。K´さんも同様である。彼は他人が着ないような希少性の高い、本物の衣裳にこだわる。自分と他人を区別するためだ。“コスプレ”社会には、次第に近代社会と同様の個人主義の考え方が生まれ始めたのではないだろうか。
 私たちは普段髪型を変えたり、服装を変えたり、ちょっとした“変身”を楽しんでいる。その根底には、違う自分になりたいと欲望が潜んでいる。潜在的に変身願望をもつ、今日の若者たちにとって、見た目だけでなく、思考をも変身できるという魅力がコスプレへ走らせているのかもしれない。その欲望を叶えるならば、コスプレには個人主義を持ち込まないことではないだろうか。



最初のほうは言ってたとおり“メトロ大学HP”から必要そうなとこを入れて説明をつけてみました。後半やけど、“コスネーム”に変えたことによってその言葉が連発すぎてなんかよくわからないことないかな?例のとこも本城さんの具体例に置き換えたけど二重のロープレがうまく伝わるかなぁ…と心配。。そして最後のまとめやけど、ゴメン!とても十行でまとめられなかった(><)とりあえず書きたいのはこんな感じかなーと思うねんけど量的にきついよね??



 
posted by なおみ at 23:32| Comment(6) | TrackBack(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年10月10日

コミケ改訂版

コミケに熱狂
まだ七月半ばだというのに、夏本番の強い日差し。照り返す太陽がまぶしい。目の前にはすでに一糸乱れぬ、長蛇の列が出来ている。ここは南大阪のじばしんイベントホールである。今日はここを会場としてコミケが開催されるのだ。私たちは戸惑いながらもその後に続く。まわりを見渡すと、みんな見た目こそ違うものの、どこかしら似たような雰囲気が漂う。手には大きい荷物とそれぞれパンフレットを持ち、10時に開くはずのドアを今か今かと見つめている。
 10時きっかりにドアが開いた。その瞬間、周りの女の子たちがいっせいに駆け出す。何が起こったのか一瞬わからず、そして慌てて後に続いた。入り口のトイレはまたまた長蛇の列。男子トイレはそれほどではないものの、女子トイレは凄まじいことになっている。中を覗くと、みんな必死で作業にとりかかっている。大きな手荷物からなにやら取り出し、着替える者。メイクを念入りに始める者・・・。そう、彼らは皆コスプレイヤーだ。コミケのイベントではあるものの、コスプレをメインにして来る者も少なくないのである。
会場の中に入ると、コミケらしくすでに同人誌の販売やアニメのキャラクターの手作りグッズなどが通路の両側で所狭しと販売されている。そうこうしている間に、会場はあっという間に人がいっぱいになった。いつの間にか、レイヤーたちがどんどん増えてきている。今回は、主にジャンプのアニメがメインらしく、レイヤーには「テニスの王子様」、「鋼の錬金術師」、「NARUTO」のコスプレが多い。しかし、それ以外にも色々いる。ハリーポッターコスプレの「ポッタリアン」や、天使に、ガンダムなどである。

数時間の別世界
その中で、ひときわ目立っている女の子が目に止まった。一見、モデルと見間違うくらいの細くて長い足が鮮やかな水色のミニスカートから伸びている。上に羽織った長いオレンジのひらひら上着が、スレンダーな体型を強調している。彼女のまわりには、不思議な雰囲気が漂っていた。
彼女はとても知り合いが多く、歩くたびに声をかけたり、かけられたりしている。これが本城貴嶺さん(仮名)の第一印象である。彼女は若干18歳。その年齢には似つかわしくない、大人びた顔と、はきはきした喋り方。なぜ、彼女はコスプレをするのだろうか。
「家がコスプレ用の服を作っているっていう影響もあるけど、やっぱり自分の趣味かな。ちなみに今日のコンセプトはガンダムのラクスなんです」。彼女の家は、「えんじぇる★も〜ど」というコスプレ制作のお店を出していて、主に通販で売り出しているという。彼女が堂々と会場内を闊歩するわけは、その着ている商品の宣伝のためでもある。
 しかし彼女がコスプレをするのは、宣伝だけのためではない。「やっぱりコスプレをやるのには、違う自分になれるっていう楽しみがあります。毎回キャラクターを変えるたびに、衣裳も変わるし、新しい自分になれる感があって…」。それは今の自分に満足していないということなのだろうか。常に求める違う自分や新しい自分。その裏側には、現代社会への不満や、自己に対する不満があるのでは?
「そんな大袈裟なもんじゃないですよ。ただ楽しいじゃないですか。その数時間だけは現実とは違う世界にいて、いろんなキャラクターの人と喋って盛り上がるのって。それが終われば衣裳も脱いでまたいつもの自分に戻るんですけどね」カラカラと笑いながら、喋るその様子は、どこかさっぱりしていて割り切っている感じがした。
 それにしても会場には女性が多い。8割以上は女性である。いわゆるカメコという存在はほとんど見当たらない。コミケには、コスプレ焼肉やメイド喫茶のような、男性の視線はない。なぜなのかを尋ねると、「そういう風に見る人は嫌がられるんですよ。いやらしい目で見られるのがいや。ナンパならよそでやれって感じです。女として褒められるより、衣装とかキャラを褒められる方が嬉しいんですよ」と言う。たまに見る、露出の多いコスプレは?「なりたいキャラクターが偶然露出が多いだけですよ。男性が多そうな会場では着ないようにしています」。

素の自分じゃおもしろくない
それにしても彼女は、うまく“自分”というものと“コスプレイヤーとしての自分”を使い分けている。例えば彼女の名前、これはもちろん本名ではない。コスプレイヤーならほぼ全員が持っている、この世界での“コスネーム”なのだという。本城貴嶺として、そのキャラクターになりきることで匿名の世界でめいっぱい楽しむのだ。ただコスプレをするのではなく、そのキャラクターになりきることはそんなに重要なことなのだろうか。
「うーん、重要というか・・せっかく何かのキャラクターの衣裳を着るのに素の自分じゃおかしいし、つまんないでしょ。でも会場内でずっとそのキャラを維持するの、なかなか難しいからみんな一番なりきるのって、やっぱり撮影のときじゃないですかね」。この一言で、会場内で見かけたさまざまな風景に対する違和感が一気に解消された気がした。
そう、コスプレイヤーの人々の多くは“撮影”を目的として足を運んでいる。あちこちで見られるフラッシュの嵐。そんなとき、撮られる側のレイヤーたちを見てみると、決まってなにかのポーズを作る。普通のピースはまずあり得ない。必ず自分がしているそのキャラクターを端的に表すことのできるポーズを作るのである。この貴嶺さんも例外ではない。何度か撮影に応じてくれたとき、決まって色々ポーズをつけてくれる。そこには照れなど生じない。カメラに撮られる瞬間、もう“自分”ではなく“本城貴嶺”としてそのキャラクターになっているからである。しかし、それは会場内だけに限られるという。会場の外でまで“コスプレ”をするのはルール違反。それはコスプレイヤーたちの間で暗黙の了解なのだという。

被るキャラクター
 更に会場内の、一人一人を観察すると、ある面白いことに気が付いた。彼らには法則がある。それは仲間を通じて、その作品を完成させようとすることである。その中で彼らにはキャラクターの設定があり、それぞれがキャラクターになりきり、作品を楽しむ。しかし、当然ながら人気のあるキャラクターなら必然的に他の人と被ることもあるだろう。
 「確かに、レアキャラとかじゃない限り、メジャーなアニメはキャラが被りがちですよね。だからみんな最近アレンジするんです。ただし、あくまでもそのキャラの特徴とかは変えないんです。微妙に色を変えたり模様を変えたり。自分のオリジナルでそのキャラを表現するんですよ」。しかしこのアレンジというものには、現代社会に充満する「個性主義」を感じずにはいられない。人と同じでは嫌。自分オリジナルを求める傾向である。もちろんレイヤーの全てがそうではない。しかし本来キャラになりきる没個性のコミケ社会にも、個性主義が侵入し始めているのかもしれない。

コスプレはどんどん広がる
最後に彼女に質問した。今後コスプレはどうなると思う?「今はまだコスプレは社会には反適合な感じがします。全体的に偏見の目とかあって認められてないっていうか。でも、これからどんどん広がると思います!もうすぐ社会に求められるんじゃないかな、コスプレが。そうなったとき、私たちを偏見の目で見てた社会を見返したいですね」にっこり笑って最後に彼女はこう言った。
いわいるおたくのように「自分らの文化は一般人にわかるはずがない」というスタンスではない。社会に反適合と見られているとわかっているからこそ、「変な人たち」とみられないように、レイヤーはルールやマナーと言ったものを厳守する。コスプレが社会に求められる時代、果たしてそんな時代は来るのだろうか。いや、もう近くまできているのかもしれない。彼女の言葉はそう思わせられるほどに、妙な説得力を持っていた。



情景描写のとこやけど、やっぱりレイヤーのトイレのシーンは必要かなって思った。コミケとか知らない人が読んだとき、たいていそこらヘんのシーンでへぇ〜って言ってるし。それに、レイヤーが常識は守る=コスプレの服は着てこないっていう最後の主張を端的に表してるんじゃないかと思って…。もしも字数的にいけるならいれたいです。
posted by なおみ at 22:15| Comment(6) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

メトロ大学〜まとめ

 「メトロ大学開講」
8月某日、私たちは京都のとあるライブハウスに出かけた。今夜、ここで「コスプレ」についての講演会が開かれるという。このライブハウスは、毎週様々な分野の人々を呼び、まるで大学のように講座を展開している。普段はライブハウスなのに、中は暗くてひっそりとしている。ドキドキしながら中に入ると、そこには小さな舞台を前にして椅子がずらっと並んでいた。その光景に多少圧倒されながらも、私たちは迷わず一番前の席を選んだ。すると店の奥のほうがなにやら奇妙な光景だった。コスプレの衣裳に身を包んだ人々が、まだ始まる前だというのに楽しげにアルコールをあおっている。メイドのような服に身を包んだ女の子と、なにかのキャラクターを意識したであろう男の戦闘服…。そしてよくわからないアニメのTシャツの男が二人。皆、一様に異様な雰囲気だったが、どうやら彼らが今夜の主催者であるらしい。そう、彼らこそ今夜の主役であり、そして私たちの講師なのである。
 「えー、では少々時間はずれ込みましたが、これよりメトロ大学“コスプレ講座”、始めていきたいと思います!まず、自己紹介から。私、コスプレ専門店の元店長のもりもりです。どうぞ、本日はよろしくお願いします!」最初に舞台の袖から飛び出してきたのは、小太りで明るいかんじの、俗にいう“今ふう”のオジサマ。アニメのキャラのTシャツさえ着ているものの、聞き取りやすいテンポのある喋りかたでオタク特有の粘っこさはない。「元コスプレ専門店の店長」という言葉と目の前の彼に多少ギャップを感じてしまう。次に、“今ふう”オジサマこともりもりに紹介されて出てきたのは先ほど異様な格好をしていた男である。すらっと背は高く、長めの髪に整った顔立ち。彼の名前はK´(Kダッシュ)。自称レイヤード・日本代表である。そして彼の衣裳は青のマントに白の縁取りの戦闘服。“鋼の錬金術師のイケメンキャラ”の衣裳だという。もりもりの店で買ったとのことで、その衣裳代五万円。その衣裳はキャラの特許をとったロゴ入りの本物の衣裳だそうで、その稀少性からそれくらいの金額はくだらないらしい。はっきり言ってこの手の衣裳は人気のアニメということもあり、似せて作ったものは安くていくらでもある。しかし、あくまで本物にこだわる。そのこだわりと惜しまないお金の使い方に、彼のコスプレに対する熱い思いが伝わってくる。
 
  「コスプレの始まり」
「みなさん、こんばんは。K´(Kダッシュ)です。まずはコスプレの歴史について話を進めていきたいと思います!」こう前置きして彼は黒板を使って、非常に興味深い話を始めた。まず、コスプレは二つの意味を持っていたこと。一つ目はおたく文化から派生した趣味、もう一つは社会風俗から派生した女性がするサービスのことである。今日話す内容は、明らかに前者である。まず、コスプレはいつくらいから始まったのか。
「日本には、“オタク”と呼ばれる人種が多いですよね。それは日本の文化においてアニメや漫画が海外に比べてかなり発達していたからなんです。日本では、アニメや漫画はどんどん多様化してきています。そういったこともあり、次第にアニメのキャラクターの格好をする人が出てきた。最初はやっぱり、アニメや漫画にはまってその中に出てくるキャラクターに対する憧れからやり始めるんですよ。僕もそうでした。コスプレイヤー同士がお互いに好きな漫画やアニメを共通の話題にすることで、交流が深まっていったんです」彼はここまで一気にまくし立てた。1994年頃からコスプレは繁栄期を迎える。そして、コスプレブームはあるモノの普及がきっかけでまた風向きが変わったという。
 「1995〜98年は、コスプレの商業化が始まって、消費概念が拡大していくんです。大体、このあたりから撮影重視のイベントとかが増加してきてコスプレイヤー同士の一体感がなくなってくるんですよね。それはなんでかというと、1998年頃からパソコンの普及が大きいんです。今までとは違ってパソコンの普及で、そのコスプレしてる写真を見て、単純に衣裳がかわいいからとかかっこいいからやるって人も増えてきた。いわゆるブームってやつです。まさにいろんな人がコスプレを気軽にやり始めたんですよ」
彼はそう言うと、ふんと鼻で笑った。その顔は興味本位でコスプレする奴は目障りだ、とでも言いたげだった。彼は言うまでもなく、何年もレイヤーをやり続けているのである。

  「コスプレ界変動〜共通の世界観の喪失〜」
このことからわかることがある。それはまさにレイヤー同士の共通の世界観の喪失ではないだろうか。一方は、自分がしているキャラクターのファンであり、もちろんその漫画のストーリーも完璧にわかる。しかし一方で、自分がしているキャラがなんのアニメかさえわからずに、ただその見た目に惹かれてコスプレをする…。彼らの中で達成感や仲間意識はもはや生まれないだろう。いうなれば、最初は一通りしかなかったレイヤーのカタチが分裂したともいうべきなのだろうか。どうやらコスプレ界に変動が起きていたようだ。     
そして、さらにK´さんは重要なことを教えてくれた。「今、レイヤーのなかで主流となっているのがコスネームをつけることなんです。彼らはコスネームを作ることによって、『コスプレをする自分』と『コスネームを持つ自分』という二重のロールプレイングをしていることになるんです」コスネーム。この言葉で、コミケ会場でインタビューした本城貴嶺さんを思い出した。彼女もまた、“コスネーム”を持つレイヤーの一人だった。そして彼女はうまく“自分”と“コスプレイヤーとしての自分”を使い分けていた。それがまさに二重のロールプレイングをするということなのだろう。
そして最後に、自称・レイヤード日本代表のK´さんはこう言った。
「レイヤードとは、『重なった状態』という意味で、私の造語です。ある個人が自らの意思により『衣裳』と『キャラクター』に重なり、全く別の新しい存在になった状態の個体を指すのです。コスプレはまさに、キャラクターと、個人と、衣裳が合わさり『レイヤード』となる、三位一体の技なのです・・」メトロ大学は静かに幕を閉じた。

「コスプレを通じて得られるもの」
コスプレをすることは、まさに新しい自分になることである。それは見た目だけでなく、思考もそのキャラクターに転換される。これはK´さんが話すコミケのコスプレに限る話ではない。私たちが取材した、コスプレ焼肉やメイド喫茶にも同じことが言えるだろう。自らの意思により、衣裳を選び、そこにそのキャラクターを重ねる。その瞬間、新しい自分が生み出される。簡単に空間を通して思考転換がなされるのだ。それはまさに変身を達成しているといえるだろう。私たちは普段髪型を変えたり、服装を変えたり、ちょっとした“変身”を楽しんでいる。その根底には近代社会の個人主義という考え方があるのかもしれない。潜在的に変身願望をもつ、今日の若者たちにとって、思考を転換できるという魅力がコスプレへ走らせているのかもしれない。


 一応書いてみたけど、まとめのとこの意見が聞きたいです。多分これじゃあかんと思うし。それに章の見出しも、考えてみて〜。なんかガツンといい言葉でまとめられないかなぁ。。
posted by なおみ at 21:32| Comment(0) | TrackBack(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

出だし〜コスプレ焼肉 訂正版

コスプレ。それは多少耳にしたことがあるものの、まだまだ馴染みのない言葉である。その言葉に帯びたイメージは、なんとなく、いやらしい。オタクっぽい・・・といったものではないだろうか。
 2002年8月13日(火)、TBSニュースの森で「コミケに熱狂48万人」と題された特集が放送された。35度にもなる会場に3日間で48万人が集まったのである。そして今年2004年も例外ではなく、全国各地でコミックマーケットやコスプレイベントが開催され、あまりの参加者の多さに会場を急遽増設するところもみられた。
またコミケでされる以外のコスプレ。例えばスッチ−、ナース、女子高生などのコスプレも存在する。風俗業界は不景気の中、いまだに巨大市場を持つ。コスプレしゃぶしゃぶ・焼肉なども年々増加している。更には、ラブホテルやプリクラを置くゲームセンターでは、制服が必須アイテムとなりつつある。
今、コスプレをする人たちは年々増え続け、その数は何万人というものである。この現象を、マイナーな目で見ていくことはもはや限界かもしれない。何万人もの人々を魅了するコスプレとは、一体なんなのか。そしてコスプレを通じて得られるものとは・・?
その答えを見つけるべく、私たちは出かけた。

   「勘違いが腹が立つ」
日本橋。最近は東京系列の大型家電量販店が都心に進出してきたせいか、電器の町としての活気はあまり感じられない。数年前に倒産した大型百貨店のビルが、その一等地にそびえたっており、シャッターの目立つ商店街に夕闇が訪れた。電気街をまたぐ国道1号線沿いに少し場違いな、風俗店を思わせる派手なネオンの立て看板が出ている。路地を入った先にその店はあった。
煌煌とした店内。コスプレ焼肉というネーミングからは想像できない予想以上の明るさに多少拍子抜けしつつ、店内に入ると奥の席にはすでに一組先客がいた。
「いらっしゃいませ〜」と、店の奥からけだるそうに声がした。黒のミニのメイド服に編みタイツというセクシーないでたち。彼女が最初にテーブルについてくれたリカさん(仮名)である。ぽろぽろと、彼女は色々なものをこぼしていく。野菜に油に、箸からするっと落としてしまう。その度に、はにかむ笑顔がかわいらしい。セクシーな格好に似合わず、彼女の雰囲気はどこかほのぼの、おっとりしている。どうして、彼女はコスプレ焼肉で働いているのだろうか。
「やっぱり、時給がいいからかなぁ。1300円は大きいでしょ。家からも近いし。でも、明日でこのバイト辞めるんですよ」そう答えた彼女は少し残念そうに俯いた。
「実は、このバイトやってるの彼氏にばれちゃったんですよー。それで別れちゃって、ヨリ戻したいからやめようと思って」なるほど。しかし、なぜ彼氏に黙っていたのだろうか。「そりゃあ言えないですよ〜。彼氏どころか親にも言えない!別にやましいことするわけじゃないけど、やっぱりこんな格好だしね」そう言いながら、彼女は改めて自分の着ている服を見回した。短いスカートからは太ももがほとんどのぞいている。今日はメイド服だけれど、毎回違うのを着るのだろうか。「ほんとはいつも制服着てるんですよ。でも今日は気分転換てゆうか、友達と交換したんです。でもいつも着る服は大体決まってて、そんなに色々着たりしない。お客さんの要望があったら着替えるけど」
あとからテーブルについたアヤさん(仮名)も、「そうそう。着るのはいつも露出が少なめのやつを選んでる。毎回変えるのとか面倒くさいしね」と、相槌を打った。しかし、コスプレ焼肉で働くということは、少なからず、客に性を提供することになるだろう。
 「たまに勘違いして触ってくる人とかいるけど、そういう人が一番腹たつ。あと、やたらじろじろ見てきたりとか。ほんとキモい」アヤさんは憤慨して机を叩いた。隣のリカさんも、うんうんとうなずいている。彼女たちはそう言いながらも、一番いやな客はと尋ねると「自分らだけで話をしてて、私に無関心な人。だって私いらんやん?ってなるし」
話を聞いていると彼女たちの言うことは、どこか矛盾している。“コスプレ焼肉”には、男性が性的なものを求めて来ているということを十分理解しつつも、性的な目で自分のことを見られるのは嫌がっているのだ。「お客さんが“コスプレをしている女の子”を見にくるのはわかってる。だから見るだけにしてほしい。携帯を聞いたり必要以上のことをされるのはうざい」といって二人揃って顔をしかめる。

   「いやらしいのは制服だけ」
 さらに、彼女達は男性客への不満を口にするとき、二言目にはいつも、「ここはキャバクラと違うんだから」という。どう違うのかと尋ねると、「キャバクラは女の子がそれこそ男の望むままに、演じたりしなきゃいけない。それに自分を売ってる感じがする」。そう彼女らにとってこの場所はあくまで焼肉屋なのである。
 つまり、彼女らにとってキャバクラは女性が”性”を売る空間。逆に”コスプレ焼肉”は、“コスプレ”が”性”を背負い、自分たち自身は“性”を売っていない空間なのである。やはり”性”を売ることはそんなに簡単なことではない。少なからず抵抗があるのだ。だからこそ”コスプレ”や“コスプレ焼肉"という空間によって、"性"の認識を変える。
 彼女たちは見た目こそメイドやポリス、女子高生であるものの中身は普通の18歳の女の子だ。あけっぴろげな話し方。豪快に笑い、ツッコミも入れる。そこにはいやらしさは見受けられない。むしろいやらしく見られないように努めているのかもしれない。「いやらしいのは制服だけ」そう言いたげだった。
 帰り際、リカさんが「また、来てねー」と違うテーブルから立って声をかけてきた。明日辞めるんじゃなかった?と聞くと、あそうだったと舌を出した。そう言って座り直すリカさんの短いスカートが妙に自然な気がした。

posted by なおみ at 19:02| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

メイド喫茶改訂版

「おかえりなさいませ、ご主人様」

「おかえりなさいませ。ご主人様」にっこり笑ってメイド服を着た女の子が、私たちを出迎えてくれる。その店は、神戸のとあるビルの三階にある。雑貨店やカジュアル服の店舗が並ぶ、そのフロアの一角に同じようにして並んでいた。
一見すると普通のカフェ。しかし店内に一歩足を踏み入れると、そこにはなんともいえない世界が広がる。たっぷりとしたひらひらのレースのカーテンに、壁にはいくつもの天使の絵画。そして音楽はというと多少大きいボリュームでクラシックがかけられている。  メイド服の彼女は、いそいそと私たちを席に案内してくれる。彼女は、膝下まである紺のスカートにレースがほどこされた白のエプロン、そしてきっちりと第一ボタンまで留められた白のシャツに身を包んでいる。さらに三つ編みに眼鏡という組み合わせは、この店の雰囲気に絶妙にマッチしていた。
 席につき周囲を見渡すと、平日の二時過ぎという中途半端な時間にも関わらず、席は結構埋まっている。客は皆男性だ。端の席の二人連れ以外、皆一人で来ているようだった。パソコンに向かってなにやら文字を打っている者、携帯片手にメールしている者、週刊誌を食い入るように眺めている者・・・。しかし、皆一様に落ち着かない。一見何かに熱中しているように見えるが、どうやらそうではないらしい。その理由はメイドが注文を取りにきたときに明らかになった。メイドが側を通るたび、それらの視線はふわふわ動く。メイドがカップにコーヒーを注いでも、彼らはメイド服の店員に対して意識的に目を向けない。しかし、全く見ないわけではなく、モノに隠れてちらちら見る。彼らは決してダイレクトにいやらしい視線を投げかけたりしない。それがこのメイド喫茶の暗黙のルールなのである。客は皆、メイド姿の店員の女性目当てで来る。この点はコスプレ焼肉と何ら変わりはない。しかし、コスプレ焼肉とは異なり、メイド喫茶では今の社会にはびこる、短ければ、露出が高ければ「性」という方程式は通用しないのである。

 生み出される完璧な世界

「チリンチリン」 鈴がなった。 「はい、ご主人様」
素早くメイドの一人が反応してそのテーブルへ向かう。この店は大して広くない。むしろ狭いほうである。それにも関わらず、どの客も店員を呼ぶときは、この天使の羽をモチーフにした呼び鈴を鳴らす。他の喫茶店でありがちな、「おい」、「ちょっと」などとは決して言わない。
 これはまさに客と店員の両者が生み出す世界である。店員はメイド服を着て、客を「ご主人様」と呼び、つつましさを表現して、まさに“メイド”になりきるのだ。それに対して、客がいかにも“ご主人様”を演じることで、メイドの地位を確保するのだ。
さらにそれに加えて、この店の演出も一役買っているだろう。砂糖と氷はハート型、あらゆる食器は天使で統一されているのである。お互いがご主人様・メイドになりきるような演出がなされた空間である。
 駄目もとで取材したいとの旨を伝えた。突拍子の無い質問に少し、戸惑った様子のメイドは「少々お待ちくださいませ」と奥に入っていった。しばらくして、オーナーらしき女性の人が出てきた。「申し訳ございませんが、当店では取材は全て断っておりますので…」。私たちはプライバシー保護のことや、決して興味本位ではないことを伝えたが、結果は変わらなかった。「当店はコスプレを売りにしているわけでなく、あくまでくつろげる空間を提供させていただいておりますので、そういった個別取材は困るんですよ。他のコスプレ喫茶と一緒にされては困りますので…」。柔らかい口調でそういうと深々とお辞儀をして、奥へ戻って行ってしまった。そこにはまた、先ほどの中世ヨーロッパ風の世界が流れ始めた。
 私たちが席を立つと、「行ってらっしゃいませ。ご主人様」と深くお辞儀をし、メイドたちが見送ってくれた。店の一歩外に出ると、メイド喫茶とは明らかに異なる、平凡な風景が並んでいた。

奥本くんのブログを見て少し直してみました。「完璧なメイド喫茶の世界作り」を表現したつもり。だから最後のほうの「取材も拒否し、徹底したメイドの世界をつくっていた」っていう説明みたいな文を抜いてみた。その文を書かなくても、文章全体でそのことを感じ取ってもらえれば一番いいと思ったんだけどどうでしょう?やっぱ必要かな?アエラ風にするのならその説明文は書いたらあかんかなって思ってんけど。。

posted by なおみ at 17:52| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年10月05日

出だし〜コスプレ焼肉

 

 やっと最初のほうから書けたけど、始まりはコスプレ焼肉からでいいのかなぁ。しかもコスプレ焼肉を通じてわかったこと書いたけど、よくわからなかったり、書いてるの間違ってたりしたらまた教えてな〜。。なんか書きながらどうつなげていいのやら・・・と思ってきて(;;)それにメイド喫茶もよくわからんしどうしよー。あ、あと結局ファッションはいるのかなぁ。要は“実際にコスプレしなくてもコスプレ的思考”ができるよになれば現代社会を生きるうえで一番理想的ってことが言いたいんやんなぁ?それをコスプレ
焼肉で提示するつもりやったけど、予想外に女の子たちがコスプレに対して関心薄かったから、苦肉の策ってかんじやねんけど★ みんなこの論文でなにが言いたい?一本なにか通さないといけないねんけどそれぞれどう思ってるのか教えてほしい☆お願いしますm(==)mあっ、あと今さらながらやねんけど、ある人のツテでゴスロリ・ロリータ・アニメのコスプレイヤーと色んな人の話を頼んだら聞けるみたいで、連絡したら都合は合わせてくれるらしいねんけど、どうする?もういいかなー?
 
 コスプレ。それは多少耳にしたことがあるものの、まだまだ馴染みのない言葉である。その言葉に帯びたイメージは、なんとなく、いやらしい。オタクっぽい・・・といったものではないだろうか。
 2002年8月13日(火)、TBSニュースの森で「コミケに熱狂48万人」と題された特集が放送された。35度にもなる会場に3日間で48万人が集まったのである。そして今年2004年も例外ではなく、全国各地でコミックマーケットやコスプレイベントが開催され、あまりの参加者の多さに会場を急遽増設するところもみられた。
今、コスプレをする人たちは年々増え続け、その数は何万人というものである。この現象を、マイナーな目で見ていくことはもはや限界かもしれない。何万人もの人々を魅了するコスプレとは、一体なんなのか。そしてコスプレを通じて得られるものとは・・?
その答えを見つけるべく、私たちは出かけた。

 とある路地の細道に、その店はあった。煌煌とした店内。コスプレ焼肉というネーミングからは想像できない予想以上の明るさに多少拍子抜けしつつ、店内に入ると奥の席にはすでに一組先客がいた。
「いらっしゃいませ〜」と、店の奥からけだるそうに声がした。黒のミニのメイド服に編みタイツというセクシーないでたち。彼女が最初にテーブルについてくれたリカさん(仮名)である。ぽろぽろと、彼女は色々なものをこぼしていく。野菜に油に、箸からするっと落としてしまう。その度に、はにかむ笑顔がかわいらしい。セクシーな格好に似合わず、彼女の雰囲気はどこかほのぼの、おっとりしている。どうして、コスプレ焼肉で働いているのだろうか。
「やっぱり、時給がいいからかなぁ。家からも近いし。でも、明日でこのバイト辞めるんですよ」そう答えた彼女は少し残念そうに俯いた。なぜ、明日で辞めてしまうのだろう。
「実は、このバイトやってるの彼氏にばれちゃったんですよー。それで別れちゃって、ヨリ戻したいからやめようと思って」なるほど。しかし、なぜ彼氏に黙っていたのだろうか。
「そりゃあ言えないですよ〜。彼氏どころか親にも言えない!別にやましいことするわけじゃないけど、やっぱりこんな格好だしね」そう言いながら、彼女は改めて自分の着ている服を見回した。短いスカートからは太ももがほとんどのぞいている。今日はメイド服だけれど、毎回違うのを着るのだろうか。「ほんとはいつも制服着てるんですよ。でも今日は気分転換てゆうか、友達と交換したんです。でもいつも着る服は大体決まってて、そんなに色々着たりしない。お客さんの要望があったら着替えるけど」あとからテーブルについたアヤさん(仮名)も、「そうそう。着るのはいつも露出が少なめのやつを選んでる。毎回変えるのとか面倒くさいしね」と、相槌を打った。しかし、コスプレ焼肉で働くということは、少なからず、客に性を提供することになるだろう。
「たまに勘違いして触ってくる人とかいるけど、そういう人が一番腹たつ。あと、やたらじろじろ見てきたりとか。ほんとキモい」アヤさんは憤慨して机を叩いた。隣のリカさんも、うんうんとうなずいている。話を聞いていると彼女たちの言うことは、どこか矛盾している。“コスプレ焼肉”には、男性が性的なものを求めて来ているということを理解しつつも、そういう目で自分のことを見られるのは嫌がっているのだ。「お客さんが“コスプレをしている女の子”を見にくるのはわかってる。だから見るだけにしてほしい。携帯を聞いたり必要以上のことをされるのはうざい」といって顔をしかめる。
さらに、彼女達は男性客への不満を口にするとき、二言目にはいつも、「ここはキャバクラと違うんだから」という。どう違うのかと尋ねると、「キャバクラは女の子がそれこそ男の望むままに、演じたりしなきゃいけない。それに自分を売ってる感じがする」
つまり、彼女たちはバイトという免罪符により“性”を全て“コスプレ”に背負わせ、自分たちと“性”を直接結び付けないでと言っているのだ。事実、彼女たちは見た目こそメイドやポリス、女子高生であるものの中身は普通の18歳の女の子だ。あけっぴろげな話し方。豪快に笑い、ツッコミも入れる。そこにはいやらしさは見受けられない。
話を聞いている限り、決して「コスプレが好きだから働く」というわけではなさそうだった彼女たちが、あえて“コスプレ焼肉”で働く理由がわかった気がした。“コスプレ”が免罪符になるーそれが一番の理由だろう。“コスプレ”による変身はないものの、ある種の思考転換が彼女たちのなかで達成されているのかもしれない。バイトという免罪符を盾にして・・。
 
posted by なおみ at 23:27| Comment(10) | TrackBack(2) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

出だし〜コスプレ焼肉

 

 やっと最初のほうから書けたけど、始まりはコスプレ焼肉からでいいのかなぁ。しかもコスプレ焼肉を通じてわかったこと書いたけど、よくわからなかったり、書いてるの間違ってたりしたらまた教えてな〜。。なんか書きながらどうつなげていいのやら・・・と思ってきて(;;)それにメイド喫茶もよくわからんしどうしよー。あ、あと結局ファッションはいるのかなぁ。要は“実際にコスプレしなくてもコスプレ的思考”ができるよになれば現代社会を生きるうえで一番理想的ってことが言いたいんやんなぁ?それをコスプレ
焼肉で提示するつもりやったけど、予想外に女の子たちがコスプレに対して関心薄かったから、苦肉の策ってかんじやねんけど★ みんなこの論文でなにが言いたい?一本なにか通さないといけないねんけどそれぞれどう思ってるのか教えてほしい☆お願いしますm(==)mあっ、あと今さらながらやねんけど、ある人のツテでゴスロリ・ロリータ・アニメのコスプレイヤーと色んな人の話を頼んだら聞けるみたいで、連絡したら都合は合わせてくれるらしいねんけど、どうする?もういいかなー?
 
 コスプレ。それは多少耳にしたことがあるものの、まだまだ馴染みのない言葉である。その言葉に帯びたイメージは、なんとなく、いやらしい。オタクっぽい・・・といったものではないだろうか。
 2002年8月13日(火)、TBSニュースの森で「コミケに熱狂48万人」と題された特集が放送された。35度にもなる会場に3日間で48万人が集まったのである。そして今年2004年も例外ではなく、全国各地でコミックマーケットやコスプレイベントが開催され、あまりの参加者の多さに会場を急遽増設するところもみられた。
今、コスプレをする人たちは年々増え続け、その数は何万人というものである。この現象を、マイナーな目で見ていくことはもはや限界かもしれない。何万人もの人々を魅了するコスプレとは、一体なんなのか。そしてコスプレを通じて得られるものとは・・?
その答えを見つけるべく、私たちは出かけた。

 とある路地の細道に、その店はあった。煌煌とした店内。コスプレ焼肉というネーミングからは想像できない予想以上の明るさに多少拍子抜けしつつ、店内に入ると奥の席にはすでに一組先客がいた。
「いらっしゃいませ〜」と、店の奥からけだるそうに声がした。黒のミニのメイド服に編みタイツというセクシーないでたち。彼女が最初にテーブルについてくれたリカさん(仮名)である。ぽろぽろと、彼女は色々なものをこぼしていく。野菜に油に、箸からするっと落としてしまう。その度に、はにかむ笑顔がかわいらしい。セクシーな格好に似合わず、彼女の雰囲気はどこかほのぼの、おっとりしている。どうして、コスプレ焼肉で働いているのだろうか。
「やっぱり、時給がいいからかなぁ。家からも近いし。でも、明日でこのバイト辞めるんですよ」そう答えた彼女は少し残念そうに俯いた。なぜ、明日で辞めてしまうのだろう。
「実は、このバイトやってるの彼氏にばれちゃったんですよー。それで別れちゃって、ヨリ戻したいからやめようと思って」なるほど。しかし、なぜ彼氏に黙っていたのだろうか。
「そりゃあ言えないですよ〜。彼氏どころか親にも言えない!別にやましいことするわけじゃないけど、やっぱりこんな格好だしね」そう言いながら、彼女は改めて自分の着ている服を見回した。短いスカートからは太ももがほとんどのぞいている。今日はメイド服だけれど、毎回違うのを着るのだろうか。「ほんとはいつも制服着てるんですよ。でも今日は気分転換てゆうか、友達と交換したんです。でもいつも着る服は大体決まってて、そんなに色々着たりしない。お客さんの要望があったら着替えるけど」あとからテーブルについたアヤさん(仮名)も、「そうそう。着るのはいつも露出が少なめのやつを選んでる。毎回変えるのとか面倒くさいしね」と、相槌を打った。しかし、コスプレ焼肉で働くということは、少なからず、客に性を提供することになるだろう。
「たまに勘違いして触ってくる人とかいるけど、そういう人が一番腹たつ。あと、やたらじろじろ見てきたりとか。ほんとキモい」アヤさんは憤慨して机を叩いた。隣のリカさんも、うんうんとうなずいている。話を聞いていると彼女たちの言うことは、どこか矛盾している。“コスプレ焼肉”には、男性が性的なものを求めて来ているということを理解しつつも、そういう目で自分のことを見られるのは嫌がっているのだ。「お客さんが“コスプレをしている女の子”を見にくるのはわかってる。だから見るだけにしてほしい。携帯を聞いたり必要以上のことをされるのはうざい」といって顔をしかめる。
さらに、彼女達は男性客への不満を口にするとき、二言目にはいつも、「ここはキャバクラと違うんだから」という。どう違うのかと尋ねると、「キャバクラは女の子がそれこそ男の望むままに、演じたりしなきゃいけない。それに自分を売ってる感じがする」
つまり、彼女たちはバイトという免罪符により“性”を全て“コスプレ”に背負わせ、自分たちと“性”を直接結び付けないでと言っているのだ。事実、彼女たちは見た目こそメイドやポリス、女子高生であるものの中身は普通の18歳の女の子だ。あけっぴろげな話し方。豪快に笑い、ツッコミも入れる。そこにはいやらしさは見受けられない。
話を聞いている限り、決して「コスプレが好きだから働く」というわけではなさそうだった彼女たちが、あえて“コスプレ焼肉”で働く理由がわかった気がした。“コスプレ”が免罪符になるーそれが一番の理由だろう。“コスプレ”による変身はないものの、ある種の思考転換が彼女たちのなかで達成されているのかもしれない。バイトという免罪符を盾にして・・。
 
posted by なおみ at 23:27| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年10月03日

メイド喫茶

「おかえりなさいませ。ご主人様」にっこり笑ってメイド服を着た女の子が、私たちを出迎えてくれる。店内に一歩足を踏み入れると、そこにはなんともいえない世界が広がる。一見すると普通のカフェ。しかしたっぷりとしたひらひらのレースのカーテンに、壁にはいくつもの天使の絵画。そして音楽はというと多少大きいボリュームでクラシックがかけられている。メイド服の彼女は、いそいそと私たちを席に案内してくれる。席につき周囲を見渡すと、平日の二時過ぎという中途半端な時間にも関わらず、席は結構埋まっている。客は皆男性だ。端の席の二人連れ以外、皆一人で来ているようだった。パソコンに向かってなにやら文字を打っている者、携帯片手にメールしている者、週刊誌を食い入るように眺めている者・・・。しかし、皆一様に落ち着かない。一見何かに熱中しているように見えるが、どうやらそうではないらしい。その理由はメイドが注文を取りにきたときに明らかになった。メイドが側を通るたび、それらの視線はふわふわ動く。彼らはメイド服の店員に対して意識的に目を向けない。しかし、全く見ないわけではなく、モノに隠れてちらちら見る。彼らは決してダイレクトにいやらしい視線を投げかけたりしない。それがこのメイド喫茶の暗黙のルールであることを私たちは感じ取った。
「チリンチリン」 鈴がなった。 「はい、ご主人様」
素早くメイドの一人が反応してそのテーブルへ向かう。この店は大して広くない。むしろ狭いほうである。それにも関わらず、どの客も店員を呼ぶときは、この天使の羽をモチーフにした呼び鈴を鳴らす。他の喫茶店でありがちな、「おい」、「ちょっと」などとは決して言わない。
 これはまさに客と店員の両者が生み出す世界である。店員はメイド服を着て、客を「ご主人様」と呼び、つつましさを表現して、まさに“メイド”になりきるのだ。それに対して、客がいかにも“ご主人様”を演じることで、メイドの地位を確保するのだ。さらにそれに加えて、この店の演出も一役買っているだろう。砂糖と氷はハート型、あらゆる食器は天使で統一されているのである。メイド喫茶では、今の社会にはびこる、短ければ、露出が高ければ「性」という方程式は通用しない。しかし見る側に「萌え」という形の「性」は存在する。もちろん着る側もそれを意識して、バイトを免罪符にしてメイドになりきっているのだろう。


これ、まだ完成じゃないけどとりあえず書いたから載せてみた。インタビューなしだと、やっぱり自己論みたいになって説得力が欠けるねんけど、どう思う?考察は、結構奥本くんの意見を使わせてもらいました☆なんかもっとうまい具合に書けないかなぁ。。このあと多分自然な流れにしてコスプレ焼肉続けるねんけど、書いたらまた載せます☆
posted by なおみ at 00:28| Comment(2) | TrackBack(2) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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