2004年10月13日

メトロ大学改訂版2

 「メトロ大学開講」
8月某日、私たちは京都のとあるライブハウスに出かけた。今夜、ここで「コスプレ」についての講演会が開かれるという。このライブハウスは、毎月数回、カルチャースクールとして様々な分野の人々を講師として呼び、まるで大学のように講座を展開している。創立14周年を機に、文化創造と発信の“場”として始めたのだというが、とても斬新な試みである。
普段はライブハウスなのに、中は暗くてひっそりとしている。ドキドキしながら中に入ると、そこには小さな舞台を前にして椅子がずらっと並んでいた。その光景に多少圧倒されながらも、私たちは迷わず一番前の席を選んだ。すると店の奥のほうがなにやら奇妙な光景だった。コスプレの衣裳に身を包んだ人々が、まだ始まる前だというのに楽しげにアルコールをあおっている。メイドのような服に身を包んだ女の子と、なにかのキャラクターを意識したであろう男の戦闘服…。そしてよくわからないアニメのTシャツの男が二人。皆、一様に異様な雰囲気だったが、どうやら彼らが今夜の主催者であるらしい。そう、彼らこそ今夜の主役であり、そして私たちの講師なのである。
 「えー、では少々時間はずれ込みましたが、これよりメトロ大学“コスプレ講座”、始めていきたいと思います!まず、自己紹介から。私、コスプレ専門店の元店長のもりもりです。どうぞ、本日はよろしくお願いします!」最初に舞台の袖から飛び出してきたのは、小太りで明るいかんじの、俗にいう“今ふう”のオジサマ。アニメのキャラのTシャツさえ着ているものの、聞き取りやすいテンポのある喋りかたでオタク特有の粘っこさはない。「元コスプレ専門店の店長」という言葉と目の前の彼に多少ギャップを感じてしまう。次に、“今ふう”オジサマこともりもりに紹介されて出てきたのは先ほど異様な格好をしていた男である。すらっと背は高く、長めの髪に整った顔立ち。彼の名前はK´(Kダッシュ)。自称レイヤード・日本代表である。そして彼の衣裳は青のマントに白の縁取りの戦闘服。“鋼の錬金術師のイケメンキャラ”の衣裳だという。もりもりの店で買ったとのことで、その衣裳代五万円。その衣裳はキャラの特許をとったロゴ入りの本物の衣裳だそうで、その稀少性からそれくらいの金額はくだらないらしい。はっきり言ってこの手の衣裳は人気のアニメということもあり、似せて作ったものは安くていくらでもある。しかし、あくまで本物にこだわる。そのこだわりと惜しまないお金の使い方に、彼のコスプレに対する熱い思いが伝わってくる。
 
  「コスプレの始まり」
「みなさん、こんばんは。K´(Kダッシュ)です。まずはコスプレの歴史について話を進めていきたいと思います!」こう前置きして彼は黒板を使って、非常に興味深い話を始めた。まず、コスプレは二つの意味を持っていたこと。一つ目はおたく文化から派生した趣味、もう一つは社会風俗から派生した女性がするサービスのことである。今日話す内容は、明らかに前者である。まず、コスプレはいつくらいから始まったのか。
「日本には、“オタク”と呼ばれる人種が多いですよね。それは日本の文化においてアニメや漫画が海外に比べてかなり発達していたからなんです。日本では、アニメや漫画はどんどん多様化してきています。そういったこともあり、次第にアニメのキャラクターの格好をする人が出てきた。最初はやっぱり、アニメや漫画にはまってその中に出てくるキャラクターに対する憧れからやり始めるんですよ。僕もそうでした。コスプレイヤー同士がお互いに好きな漫画やアニメを共通の話題にすることで、交流が深まっていったんです」彼はここまで一気にまくし立てた。日本の文化に誇りを持っているのが伝わってくる。1994年頃からコスプレは繁栄期を迎える。そして、コスプレブームはあるモノの普及がきっかけでまた風向きが変わったという。
 「1995〜98年は、コスプレの商業化が始まって、消費概念が拡大していくんです。大体、このあたりから撮影重視のイベントとかが増加してきてコスプレイヤー同士の一体感がなくなってくるんですよね。それはなんでかというと、1998年頃からパソコンの普及が大きいんです。今までとは違ってパソコンの普及で、そのコスプレしてる写真を見て、単純に衣裳がかわいいからとかかっこいいからやるって人も増えてきた。いわゆるブームってやつです。まさにいろんな人がコスプレを気軽にやり始めたんですよ」
彼はそう言うと、ふんと鼻で笑った。その顔は興味本位でコスプレする奴は目障りだ、とでも言いたげだった。彼は言うまでもなく、何年もレイヤーをやり続けているのである。

  「コスプレ界変動〜共通の世界観の喪失〜」
このことからわかることがある。それはまさにレイヤー同士の共通の世界観の喪失ではないだろうか。一方は、自分がしているキャラクターのファンであり、もちろんその漫画のストーリーも完璧にわかる。しかし一方で、自分がしているキャラがなんのアニメかさえわからずに、ただその見た目に惹かれてコスプレをする…。彼らの中で達成感や仲間意識はもはや生まれないだろう。いうなれば、最初は一通りしかなかったレイヤーのカタチが分裂したともいうべきなのだろうか。そうなればK´さんのようにコスプレやキャラクターに思い入れがある人は、ますますオリジナルや知識に固執し始める。どうやらコスプレ界に変動が起きていたようだ。     
そして、さらにK´さんは重要なことを教えてくれた。「今、レイヤーのなかで主流となっているのがコスネームをつけることなんです。彼らはコスネームを作ることによって、『コスネームを持つ自分』と、さらに『キャラクターになりきる自分』という二重のロールプレイングをしていることになるんです」
コスネーム。この言葉で、コミケ会場でインタビューした本城貴嶺さんを思い出した。彼女もまた、“コスネーム”を持つレイヤーの一人だった。そして彼女はうまく“自分(本名:米林さん)”と“本城貴嶺としての自分”と“ガンダムのラクスになりきる本城貴嶺”を使い分けていた。それがまさに自分というものを持ちながらも二重のロールプレイングをするということなのだろう。
そして最後に、自称・レイヤード日本代表のK´さんはこう言った。
「レイヤードとは、『重なった状態』という意味で、私の造語です。ある個人が自らの意思により『コスネーム』と『キャラクター』に重なり、全く別の新しい存在になった状態の個体を指すのです。コスプレはまさに、キャラクターと、コスネームと、衣裳が合わさり『レイヤード』となる、三位一体の技なのです・・」メトロ大学は静かに幕を閉じた。

「コスプレを通じて得られるもの」
コスプレをすることは、まさに違う自分になりきることである。それは見た目(衣裳)だけでなく、思考(キャラクター)をも、変えていくこと。例えば、私たちが取材したコスプレ焼肉のリカさんやアヤさん、そしてメイド喫茶で働く店員は、まさにそれを実現していたのではないだろうか。メイド喫茶だと、衣裳や空間という手助けもあり、彼女達は違う自分になることを可能としていた。リカさんやアヤさんも同様である。“素の自分”ぽさを出しつつも、衣裳を着ることで「バイトだし」という思考の転換から、コスプレ焼肉を極力日常と離して考えている。コミケで取材した、本城貴嶺さんはどうだろうか。彼女も当初は“変身”という憧れからコスプレを始めたのではなかっただろうか。匿名の世界への憧れ。しかし、次第に他人と被るのがいやでアレンジをすることで個性を出し始めた。K´さんも同様である。彼は他人が着ないような希少性の高い、本物の衣裳にこだわる。自分と他人を区別するためだ。“コスプレ”社会には、次第に近代社会と同様の個人主義の考え方が生まれ始めたのではないだろうか。
 私たちは普段髪型を変えたり、服装を変えたり、ちょっとした“変身”を楽しんでいる。その根底には、違う自分になりたいと欲望が潜んでいる。潜在的に変身願望をもつ、今日の若者たちにとって、見た目だけでなく、思考をも変身できるという魅力がコスプレへ走らせているのかもしれない。その欲望を叶えるならば、コスプレには個人主義を持ち込まないことではないだろうか。



最初のほうは言ってたとおり“メトロ大学HP”から必要そうなとこを入れて説明をつけてみました。後半やけど、“コスネーム”に変えたことによってその言葉が連発すぎてなんかよくわからないことないかな?例のとこも本城さんの具体例に置き換えたけど二重のロープレがうまく伝わるかなぁ…と心配。。そして最後のまとめやけど、ゴメン!とても十行でまとめられなかった(><)とりあえず書きたいのはこんな感じかなーと思うねんけど量的にきついよね??



 
posted by なおみ at 23:32| Comment(6) | TrackBack(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
最後の段落の見出し変えるの忘れてた。。「コスプレとは・・・」とかどう?抽象的すぎるかなぁ。なんか「コスプレのあり方」みたいな決めつけ系は微妙かな〜と思って・・。みんなの意見も聞かせて〜。
Posted by なおみ at 2004年10月13日 23:40
Posted by まなみ at 2004年10月14日 00:13
最初の部分オッケーだと思うよ!最後も理解できたし。量のことだけどこの前は10.5で書いてたからギリギリだったんだけど10にしたらいける!てか大丈夫なようにするわ。ブサイクにならないようにレイアウト考えるし。変な疑問なんやけどライブハウスって暗くないん?クラブって少し薄暗い所だと思ってたからライブハウスなのに・・って文がちょっとひっかかっただけなんやけどね。
Posted by まなみ at 2004年10月14日 00:19
まなみちゃんの指摘に関してやけど、「暗くてひっそりしている」ってとこが私的には意外やってんよ。クラブって開けた瞬間めちゃうるさいやん?それがひっそりしてたし…。あと基本暗くてもライトとかあるやんかー。そんな感じで意外性を書いたつもりやってんけどヘンやったかな?
Posted by なおみ at 2004年10月14日 00:46
そうか〜。私もあのひっそりした空気には入った瞬間なんか意外な気分になったわ。暗くって言葉にちょっとぴっぱられてたわ。納得です!!
Posted by まなみ at 2004年10月14日 02:23
 コスプレは、様々な“衣装”を身に着けるだけでなく、そこに造りだされる“空間”を受け入れることによって「変身」を可能にさせていた。ある時はメイド、ある時はガンダムのラクス、またある時はセクシーな衣装に身を纏った誰か。それは見た目だけでなく思考までもを“今の自分”から“違う自分”に変身させてくれる。
 しかし、メトロ大学のK´さんやコミケで出会った本城さんは、それでもコスプレに“自分らしさ”を求めてしまった。いや、求めざるをえなかったのかもしれない。それはちょうど私たちが「イメチェン」と呼ぶ、髪型を変えたり、服装を変えたりする行為に似ている。変身した瞬間は、”違う自分”になれる。しかし、"違う自分”に重心を置き始めた途端、それは”今の自分”になり、また新しい”自分らしさ”を求めることになる。
 それが、コスプレが可能にさせてくれる「変身」の限界なのだろうか。いや、私たちはそうは思わない。”違う自分”になりきるレイヤーやメイド喫茶で働く女性。性に対する意識を変える、コスプレ焼肉で働く少女たちを見ていると、新しい時代の夜明け前を感じさせずにはいられないのだった
Posted by kazuki at 2004年10月14日 02:44
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『新しい時代の夜明け』
Excerpt:  コスプレは、様々な“衣装”を身に着けるだけでなく、そこに造りだされる“空間”を受け入れることによって「変身」を可能にさせていた。ある時はメイド、ある時はガンダムのラクス、またある時はセクシーな衣装に..
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Tracked: 2004-10-14 02:31
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