2004年10月02日

コミケ

 まだ七月半ばだというのに、夏本番の強い日差し。照り返す太陽がまぶしい。目の前にはすでに長蛇の列が出来ている。ここは南大阪のじばしんイベントホールである。今日はここを会場としてコミケが開催されるのだ。私たちは戸惑いながらもその後に続く。まわりを見渡すと、みんな見た目こそ違うもののどこかしら似たような雰囲気が漂う。手には大きい荷物とそれぞれパンフレットを持ち、10時に開くはずのドアを今か今かと見つめている。
 10時きっかりにドアが開いた。その瞬間、周りの女の子たちがいっせいに駆け出す。何が起こったのか一瞬わからず、そして慌てて後に続いた。さすがに係りのお兄さんは小慣れている。「あー、押さない、押さない。トイレは混むから先に撮影のほう並んでね」
一体、何のことだろう。そう思いつつ中に入ると、なるほど。ようやく事態が飲みこめた。トイレはまたまた長蛇の列。男子トイレはそれほどではないものの、女子トイレは凄まじいことになっている。中を覗くと、みんな必死で作業にとりかかっている。大きな手荷物からなにやら取り出し、着替える者。メイクを念入りに始める者・・・。そう、彼らは皆コスプレイヤーだ。コミケのイベントではあるものの、コスプレをメインにして来る者も少なくないのである。会場の中に入ると、コミケらしく、すでに同人誌の販売やアニメのキャラクターの手作りグッズなどが動線の両側で所狭しと販売されている。奥の方でもまたまた人がたくさん並んでいる。話を聞くと、コスプレイヤーたちを撮影するためにはお金を払わなければいけないのだという。また撮影される側のコスプレイヤーも同様である。先ほどのお兄さんの声を思い出した。「先に撮影のほうに並んでね」とはこのことだったのか。そうこうしている間に、会場はあっという間に人がいっぱいになった。いつの間にトイレから出てきたのか、レイヤーたちがどんどん増えてきている。今回は、主にジャンプのアニメがメインらしく、レイヤーには「テニスの王子様」、「鋼の錬金術師」、「NARUTO」のコスプレが多い。しかし、それ以外にも色々いる。ハリーポッターコスプレの「ポッタリアン」や、天使に、ガンダムなどである。その中で、ひときわ目立っている女の子が目に止まった。一見、モデルと見間違うくらいの細くて長い足が鮮やかな水色のミニスカートから伸びている。上に羽織った長いオレンジのひらひら上着が、歩くたびに軽やかにゆれて、スレンダーな体型を強調している。そして極めつけは、いくつものみつあみを作った長い金色の髪の毛と色白の一重の顔立ちである。彼女のまわりには、不思議な雰囲気が漂っていた。彼女はとても知り合いが多く、歩くたびに声をかけたり、かけられたりしている。これが本城貴嶺さん(仮名)の第一印象である。彼女は若干18歳。その年齢には似つかわしくない、大人びた顔と、はきはきした喋り方。なぜ、彼女はコスプレをするのだろうか。
「コスプレはただ単に自分が好きだからやるんです。家がコスプレ用の服を作っているっていう影響もあるけど、やっぱり自分の趣味かな。ちなみに今日のコンセプトはガンダムのラクスなんです」彼女の家は、「えんじぇる★も〜ど」というコスプレ制作のお店を出していて、主に通販で売り出しているという。今日も会場にはコスプレ用の服を販売するために彼女のおばあさんと二人で来ていた。彼女が堂々と会場内を闊歩するわけは、その着ている商品の宣伝のためでもある。しかし、それ以上に彼女はコスプレ、すなわち“違う自分”になれること自体を素直に楽しんでいるようだった。
「コスプレ歴は四年。やっぱりコスプレをやるのには、違う自分になれるっていう楽しみがあります。毎回キャラクターを変えるたびに、衣裳も変わるし、新しい自分になれる感があって…」それは今の自分に満足していないということなのだろうか。常に求める違う自分や新しい自分。その裏側には、現代社会への不満や、自己に対する不満があるのでは?
「そんな大袈裟なもんじゃないですよ。ただ楽しいじゃないですか。その数時間だけは現実とは違う世界にいて、いろんなキャラクターの人と喋って盛り上がるのって。それが終われば衣裳も脱いでまたいつもの自分に戻るんですけどね」カラカラと笑いながら、喋るその様子は、どこかさっぱりしていて割り切っている感じがした。彼女は、うまく“自分”というものと“コスプレイヤーとしての自分”を使い分けている。例えば彼女の名前、これはもちろん本名ではない。コスプレイヤーならほぼ全員が持っている、この世界での“コスネーム”なのだという。本城貴嶺として、そのキャラクターになりきることで匿名の世界でめいっぱい楽しむのだ。ただコスプレをするのではなく、そのキャラクターになりきることはそんなに重要なことなのだろうか。
「うーん、重要というか・・せっかく何かのキャラクターの衣裳を着るのに素の自分じゃおかしいし、つまんないでしょ。でも会場内でずっとそのキャラを維持するの、なかなか難しいからみんな一番なりきるのって、やっぱり撮影のときじゃないですかね」撮影のとき。この一言でさっき見た会場の奥の長蛇の列や、会場内で見かけたさまざまな風景に対する違和感が一気に解消された気がした。そう、コスプレイヤーの人々の多くは“撮影”を目的として足を運んでいる。あちこちで見られるフラッシュの嵐。そんなとき、撮られる側のレイヤーたちを見てみると、決まってなにかのポーズを作る。普通のピースはまずあり得ない。必ず自分がしているそのキャラクターを端的に表すことのできるポーズを作るのである。この貴嶺さんも例外ではない。何度か撮影に応じてくれたとき、決まって色々ポーズをつけてくれる。そこには照れなど生じない。カメラに撮られる瞬間、もう“自分”ではなく“本城貴嶺”としてそのキャラクターになっているからである。しかし、それは会場内だけに限られるという。会場の外でまで“コスプレ”をするのはルール違反。それはコスプレイヤーたちの間で暗黙の了解なのだという。
「コスプレはこういうイベントだからこそ楽しめるんです。普通の生活でもあんな格好してたらその楽しみがなくなるし、イベント自体の意味がなくなる。普段は普通に生活してますよ」そう話す目の前の彼女の服装はというと、真っ白のレースがついたピンクのブラウスに、ボリュームのある白の三段切り替えのレースのスカート。それにリボンがふんだんに使われている。これは彼女の私服である。俗にいう“ロリータファッション”では・・?と遠慮がちに尋ねると、「そうですよ」とはっきり答える。彼女曰く、ロリータはれっきとしたファッションであり、コスプレではないのだという。
「なんかロリータやゴスロリをコスプレと思ってる人がいるみたいだけど、コスプレじゃなくてれっきとしたファッションなんです。だから街中でも堂々と歩けるし、ルール違反でもなんでもない。以前はいっしょくたにされてたけど、もう今は完全に分かれてるし、雑誌とかもようやく区別し始めたんです」そう言って彼女は不服そうに顔をしかめた。ロリータやゴスロリはファッションの一部に過ぎないのだ。改めて納得すると、街中の人々の反応を尋ねてみた。
「道歩いててもなんかすごい見られますよ。すれ違うときに『キモい』って言われたりとか。そういうのが一番腹が立つ。私だって流行ばっか追ってる人の服装を全然いいと思わない。全部人と同じだし。私の格好はどうせ社会に受け入れられないのわかってるんだから、せめて放っといてって感じですよね」
彼女の言葉からは、現代社会に欠けつつある“個性”へのこだわりを感じる。他人にどう思われようが構わない。自分の好きな格好がしたい。人と同じなんて面白くない。他のコスプレイヤーはどうだろうか。会場内の、一人一人を観察すると、ある面白いことに気が付いた。彼らには法則がある。それは仲間を通じて、または協力して一緒にその作品を完成させようとすることである。例えば、「テニスの王子様」は六人である。すると六人必ず揃えているし、その中で彼らにはキャラクターの設定があり、キャラが被ることは決してしない。私たちは、通常仲がいい友達同士で“おソロ”にしているのを見かけたりする。まるっきり同じでない場合は“色チ”もあるだろう。しかし、この世界でそのようなことは通用しない。せめて自分の隣にいる人とはキャラを被らないようにする。しかし、人気のあるキャラクターなら必然的に他の人と被ることもあるだろう。
「確かに、レアキャラとかじゃない限り、メジャーなアニメはキャラが被りがちですよね。だからみんな最近アレンジするんです。ただし、あくまでもそのキャラの特徴とかは変えないんです。微妙に色を変えたり模様を変えたり。自分のオリジナルでそのキャラを表現するんですよ」彼女もまた「アレンジする」その一人である。人より常に半歩先に行きたい。コスプレしていても個性を出したい。そんな思いが彼女を常に動かせる。最後に彼女に質問した。今後コスプレはどうなると思う?
「今はまだコスプレは社会には反適合な感じがします。全体的に偏見の目とかあって認められてないっていうか。でも、これからどんどん広がると思います!もうすぐ社会に求められるんじゃないかな、コスプレが。そうなったとき、私たちを偏見の目で見てた社会を見返したいですね」にっこり笑って最後に彼女はこう言った。コスプレが社会に求められる時代―果たしてそんな時代は来るのだろうか。いや、もう近くまできているのかもしれない。彼女の言葉はそう思わせられるほどに、妙な説得力を持っていた。
posted by なおみ at 22:59| Comment(1) | TrackBack(3) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
貴嶺ちゃんのインタビューがしっかり書いてあるからアレンジのこととかコスネームのこともよくわかるわ☆1つわかりにくいとこがあったんやけどね、レイヤーが撮影の許可もらうとこに並ばなくちゃいけない理由。あそこを読んだ時スラッといけなかったんよね。なんでレイヤーが並ぶ必要があるのかもう少し補足入れて書いてみたらどうかなって。あんまり重要じゃないとこかもやけど。
Posted by まなみ at 2004年10月03日 20:04
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グループ研究 「コミケ編」
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Tracked: 2004-10-04 14:46

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Weblog: かじゅきのページ
Tracked: 2004-10-05 22:40

『コミケ』改訂版
Excerpt:   コミケに熱狂 まだ七月半ばだというのに、夏本番の強い日差し。照り返す太陽がまぶしい。目の前にはすでに一糸乱れぬ、長蛇の列が出来ている。ここは南大阪のじばしんイベントホールである。今日はここを会場と..
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Tracked: 2004-10-10 06:45
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